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フィンローダのあっぱれご意見番 第102回「交錯する世界」

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東京の一番新しい地下鉄は都営大江戸線というのだが、 既に地下鉄のある所に新設したものだから、かなり地中奥深い所を走っている。 例えば新宿駅の場合、地下7階の高さ(低さ?)に匹敵するらしい。 これだけ深い所に下りるだけでも大変なのだが、 それに加えて奇妙なトラブルもあったりする。 代々木駅の改札口で、最近、駅から出る時に見かけたトラブルを紹介してみよう。

この駅の改札口を簡単な図にしたのがfig.1である。 新宿駅ほどではないが、代々木駅もかなり地下に潜らないと電車に乗れない。 他の駅と同様、まず、地表から改札口の高さまで下りてから、 さらに改札を通った後に駅ホームまで下りることになる。 電車から降りて地上に出るには、当然、逆の手順を踏むことになる。

yoyogi station

代々木駅の改札口は全て自動改札機が設置されていて、 一番広い自動改札機の横には、駅員が普段座っている場所がある。 自動改札とはいえ、誰か見張っていないとトラブルは結構あるし、 また、なかには自動改札を通れない人もいるということから、 自動改札化された駅でも、実は駅員が見張っているというケースは多いようだが… しかし、この駅に関してはちょっと事情が違う。

  

自動改札機の設定は4種類ある。入り口専用のものと、出口専用のもの。 さらに、改札機の数が少ない駅では、どちらからでも通れる早い者勝ちの設定にすることがある。 この設定にすると、普段は両側とも通行可能状態になっていて、 どちらかに定期券を入れた次の瞬間に逆からの通行が不可状態になる。 しかし、代々木駅の1番の自動改札機だが、実はどちらも通行不可状態になっていて、入れない。 つまり、普段は通行止めの状態なのだ。

 

※ 当時はそうだったが、 最近行った時には普通に入れた。

ここを通るためには、駅員が何か操作する必要がある。 この駅で、車椅子でも通れる幅がある改札機は1番だけなのだが、 ということは、車椅子に乗った人は、 自分ひとりでこの駅の外に出ることができないことになる。 不思議な話だ。 駅員が常時見張っているという理由は、そういうことなのかもしれない。

  

この1番改札口の横に「シルバーパスや車椅子等のお客様の優先通路です」という張り紙がある。 内容が若干矛盾するが、「裏の白い乗車券の方の優先通路です」という立て札もある。 しかし、事実は、限られた人でなければここを通ることができないのだから、優先ではなく専用なのだ。 それはこだわらないとして、では、ここを通れない人はどうすればよいか。 他の自動改札機を使えばいい。 新宿方面のホーム階段から上ってきたら、4か3の自動改札機を通って外に出るのが自然な行動である。 原宿方面のホーム階段から上ってきた場合は? 一番近い改札機は1番だが、ここは通行止めだから通れません。 従って、2か3の改札機を通ることになる。 改札機を出た後に新宿方面の地上出口に向かうならいいとしても、 原宿方面に行きたい場合は、ちょっと遠回りになる。 たかが数メートルではあるが、 「裏の白い乗車券優先」の自動改札機を通ればその遠回りをせずに済むのだから、これはストレスになる。 しかも、実はその改札口、殆ど使われていないのだ。 近道があるのに通れない、しかもそこは殆ど使われていない、となるとストレスは倍増する。 利用者に「大変使い辛い駅」という印象を与えることになるのではないか。

 

※ 原宿方面、というのは地理的な方向を言っている。 駅としては、大江戸線の場合、六本木方面と言えば分かりやすいかもしれない。 ちなみに、隣の駅は国立競技場である。

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それもとりあえずいいとして、ここで最初の話題に戻ろう。 ある日、お年寄りがこの駅で地下鉄から降りて地上に出ようとした。 皆さんならどうするか、イメージして欲しい。 例えば、階段ではなくてエレベータまたはエスカレータを使うのではないか。 実際は、このお年寄りには階段は辛かったらしい。 ホームから改札のあるフロアまで、エレベータで上がってきたのだ。

エレベータから出てきたお年寄りは、駅員のいる優先改札口まで行こうとする。 これは「シルバーパス」が自動改札機を通れないという事情によるものだろう。 東京都では、70才以上である条件を満たせば、 都営交通機関に乗るためのパスを格安でgetできるのである。 ちなみに、実は最近までこれは無料だったのだが、今は有料化されている。

てなわけで、このお年寄りはエレベータから降りた後、1の改札口まで歩こうとした。 これがちょうど降車ラッシュの時だったので、他の利用者が早足でどんどん改札機を通っている。 ここで思い出して欲しいのは、先ほど紹介した、体の自由な人の行動パターンである。 新宿方面のホーム階段から上がってきた人も、 原宿方面のホーム階段から上がってきた人も、 どちらのコースも、お年寄りのコースと交錯している。 ということは、衝突は避けられないという結論になる。 乗車の時はまだしも、降車ラッシュというのは、 急がないと会社や学校に遅刻するという人がわんさかダッシュするような状況だ。 情け容赦なく皆さん急いでいる。 怪我はしなかったようだが、 このお年寄りは「代々木は怖いところだ」と思ったのではないだろうか。

  

お年寄りの不幸はこんな程度では終わらない。 この問題を最後まで解くためには、もう一つのヒントが必要である。 実はこの駅は、階段を使わなくてもホームから地上まで出ることができる。 改札口から出て地上に至るルートは、原宿方面、新宿方面、二つの選択肢がある。 しかし、 原宿方面に出てしまうと、途中から階段を使わなければ地上に出られない。 地上まで階段を使わずに到達できるのは、実は新宿方面の出口に限られているのだ。

 

※ 途中まではエスカレータで行けるのだが、 そこから階段になる。 途中で気づいても、 下りる方向のエスカレータはない。

ということは、 階段を使わないという条件でお年寄りの行動をシミュレーションしてみると、 電車から降りて、 まずエレベータに乗って改札フロアまで上がり、 他の改札口を全部横切って駅員のいる改札にたどり着き、 そこを出たら、また他の改札口を全部横切って新宿方面の出口に向かうという選択肢しかない。 私も急いでいたので、 このお年寄りが優先改札口にたどり着く所までしか見ていなかったが、 その後どうなったのか、ちょっと不安だ。

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この駅の設計者が誰なのか私は知らないが、 もし話ができるのなら、なぜこのような設計をしたのか、 そして誰がどういう理由でそれを採用したのかを聞いてみたいものだ。 というのは、 この種の問題は、場合によっては解決困難なこともあるのだが、 この件に限っては、 理論的には極めて簡単に解決できるのである。 駅員の常駐場所および幅の広い自動改札機を、図の右側、新宿方面に配置するだけでいいのだ。 だから、実際そうなっていない理由がわからないのだ。

もしかすると、駅員事務室が図の左側、原宿方面にあるので、 「駅員の便利さ」を「客の便利さ」よりも優先した結果なのだろうか?

この駅でいつかお年寄りか体の不自由な人が衝突事故で怪我をすることになったら、 これはどちらかというと人為的な事故だと言っていいだろう。 設計段階で人の流れを予想して、 流れがスムーズになることを優先していたら防げる事故だからである。 それも、何もコンピュータでシミュレーションするというような大げさな話ではない。 単に「お年寄りはどのように動くか」という疑問を感じ、 常識的な想像ができれば、誰でも解ける問題なのだ。 もちろん、たったそれだけのこととはいっても、 その種の想像は、誰でもできるというものではないらしい。 つまり、これは事前に何か想定するということがいかに困難であるかを示した一つの事例に過ぎないのかもしれない。 バリアフリーという言葉は流行しているが、 現実はそれでもなおバリアマックスな世界が増殖しつつあるということか。

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ソフトウェアの設計も同じて、 特にユーザインターフェースを無頓着に設計すると似たようなトラブルの原因になることがある。 例えば、頻繁に押すべきボタンが画面の端にある場合。 マウスカーソルを長距離移動することになるので、それだけ操作が難しくなる。 ということは、誤操作も増えることになる。 但し、頻繁に押すボタンのそばに危険なボタンを配置するというのも逆にヤバいので、 これはそう簡単に解決する問題でもないのだが。

以前どこかで紹介したのだが、Windowsの右上の3つのボタン、これを誤操作することが結構よくある。 セミナーとかに出かけると、 プロジェクターを使って実際の画面を見ながら解説するようなことが結構ある。 よく見ていると、 なぜかウィンドウを全画面モードにしてすぐに元に戻してから閉じる人がいることが分かる。

これは「×」で閉じるつもりなのに「□」を押してしまったからである。 ウインドウの右上という位置は、他の操作を行っている状態からは離れていることが多い。 従って、ここを操作するには大移動が必要になるわけで、 その大移動の直後の微調整というのは、ちょっと移動して位置を合わせるよりも難しいのである。

さらにマズいことには、FPROGORGで指摘していただいたのだが、「×」のボタンの左にちょっと余白がある。 ここは一見余白なのだが、実際はこの余白をクリックすると「□」を押したことになってしまうのだ。 大移動したつもりが、僅かに届かないといった場合、ここを押すという結果になる。 これは「ボタンを押していないのに押した操作になる」のだから、明らかにバグだし、欠陥である。 何とかして欲しいものだが、Windows 95の時代から一向に変化しないので、 Windowsの設計者はバグではなく仕様だと主張したいのかもしれない。 実際、何の騒ぎにもならないということは、 世間は私の主張よりもWindowsの設計を支持しているのだと思われるが、 それにしても世の中は住みにくいものである。

  

(C MAGAZINE 2000年12月号掲載)
内容は雑誌に掲載されたものと異なることがあります。

修正情報:
2006-03-12 裏ページに転載。

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