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狼男伝説

書評: 狼男伝説

狼男伝説(朝日選書 463)
著者: 池上 俊一著

中世ヨーロッパの歴史的事件の中から、 現代的な感覚でいうならばトンデモ系というか、 妄想・空想が発端となった事件を考察するという内容である。 書名から、狼男の話が書いてあるのかと思って読んでみたのだが、 実は狼男の話は、5章からなっている構成の第一章だけに過ぎない。 第二章以下をざっと紹介すると、

第二章「聖体の奇跡」。 日本では馴染みがないかもしれないが、 ミサで配るパンを聖体と呼ぶ。 聖書にはきリストが「このパンは私の肉だ」と言ったという記述があり、 そこから発展して、 このパンがキリストの肉体かという議論が中世の教会で盛り上がった。 実際に肉に見えたとか、幼子に見えたとか、 そのような伝説が出てくる。

第三章「不思議の泉」。 泉、湖の持つ魔力とか、妖精の話。 水を飲むと若返るというような話は日本でもあるのだが、 中世ヨーロッパにもやはりあったというのは面白い。

第四章「他者の幻像」。 まず、東方に大祭司ヨハネがいるという伝説や、それに始まった東方探検。 次に、ライ病者やユダヤ人が虐殺された事件が、 他者意識という観点から考察されている。

第五章は「彼岸への旅」。 もちろんキリスト教において、死後の世界は天国と地獄(および煉獄)という存在であり、 その世界を見た人が仮死状態から戻ってきたというような、 今でいう臨死体験に関する話題が出てくる。

ということで、 中世ヨーロッパの歴史がベースになっているため、 殆どの話は、キリスト教と深くかかわってくる。 例えば、 狼男といえば、 一見キリスト教と無関係に見える存在ではあるが、 聖書には羊=善、狼=悪というパターンが見られるとか、 狼男が「キリスト教モラルを体現するもの」 として文学作品に出現することの指摘など、 一般的に、ヨーロッパの歴史をキリスト教抜きに語ることはできないから、 これらの伝説を理解するためには、 ある程度のキリスト教の知識を持っていることが望ましいのだが、 この本は多種のエピソードを紹介するという形式もあって、 それほどかしこまらなくても割と気軽に読めるのではないかと思う。 ただし、読みやすいといっても、 小説等に比べたらやや覚悟しておく程度の難しさはあるので、 そのことは頭に入れておいて欲しい。

多数出てくるエピソードは、 どちらかというと、 歴史的な事実の描写というよりは民俗学的な感覚で読むとしっくり来るような気がする。 もちろん、伝説といえども、 歴史として扱うという意味においては、 実際に何か行動があったということに他ならない。 例えば魔女というのは今となっては空想の産物だと考える人が多いが、 中世ではそれは実在するという前提で人々が生活していたわけで、 そこから発展するイマジネーションがどのような社会的行動に結びついたのか、 というような視点が重要になるのである。 実際に魔女狩りという名目で多数の人々が殺されたというのは事実だとされている。 この本が注目しているのはまさにそのイメージから行動へと繋がるプロセスなのだろう。

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